ライターきらら、沖縄へ行く。

一度しかない人生だから。いつ何が起きるかわからないから。やりたいことはなんでもやっておかなきゃもったいない。

線維筋痛症でも子ども、産めました。

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こんにちは。こんばんわ。きららです。
沖縄は麻疹がめちゃくちゃ流行ってたり梅雨入りしたり。
麻疹は終息傾向にあるらしいのですが、まだまだ安心できません。
じめじめ湿度がすごくて、除湿機をフル稼働させる毎日です。

ひとつ前のエントリーでもうすぐ出産なんだよね〜ってこと書いたのですが、無事3月12日に2656gの女の子が産まれました。
ご報告、みたいなのは好きじゃないのですが、とりあえず出産時〜退院までについて、書いてみよーかなって思います。
レアケースなのかもですが、線維筋痛症でもお子さんがほしい!と思ってる方の参考になれば。。!
ただし症状など1人1人違うので、あくまでわたしはこーでした、っていう参考になればうれしいです。

出産時

出産は計画出産だったので、入院の前日に実母が沖縄に来てくれて、主人も当日から仕事を休んで、落ち着いて入院しました。
はじめに経膣分娩できるように誘発剤を点滴したのですが、初産ってこともあって効果なくて。
でも子宮がぎゅーーーって押される、生理痛のすごく重症版みたいな痛みは来ていました。
ただ普段、線維筋痛症で体が痛いのと比べるとたいしたことなくて、あーいたいなー、くらいのテンションでした。

そんなかんじでじゃー帝王切開ですねってなって。
決まってから手術までけっこー時間があって、なのであまり実感が湧いていなくてギリギリまで病室でネイルサロンの発注業務をやっていたくらいでした。
そこから同意書を書いたり麻酔の説明を聞いたりして、やっと手術の時間に。
ここまでわりと平気な顔しててどっちかっていうか主人のほうがソワソワしてたくらいだったけど、いざ手術室に入ったら急に怖くなってしまって。
完全に顔がこわばっていました。
主人だけ立ち会いだったのですが、もうなにも処置をする前から震えてしまって、これでもかーって力で主人の手を握りしめていたのを覚えています。

で、麻酔ですよ。
半身麻酔の硬膜外麻酔だったのですが、これがもう。。。
結論から言うと二度とやりたくない。ほんとに。
麻酔が効きにくい体質っぽくて、麻酔を注射する前の麻酔を入れられたみたいなんですけどまったく効いてなくて。
本場の硬膜外麻酔を入れられた時、痛すぎて意識が飛ぶかと思いました。
背中に注射してラインを取るので痛いとのけぞりそうになるけど、ぜったいのけぞっちゃだめで。
おなかの中にはまだ子どもがいるし体まるめてーって言われても難しいし、なにより痛いしで、正直わけわかんなかったなー。
でも痛いー!って叫んじゃ子どもに悪い気がして、主人の手を握りしめながら「ぽろぽろ」ってかんじで泣いてました。

麻酔のあとはもう感覚なくて、さくっととおなか切られて。
ここはたぶん10分もなかったんだと思います。
そしたらすっごい元気な泣き声聞こえて。
ここまで辛かった妊婦生活のことを思い出したり、無事に産めてよかったーってほっとしたり、自分から娘が産まれたなんてっていう不思議な感覚だったりが入り混じって、かわいい女の子ですよーって胸元につれてきてもらって娘の顔みたら、涙腺崩壊しました。

今思い出してもすごい泣けてくる。。。
主人も一緒になって泣いてて。
なんていうか、娘が産まれた瞬間を夫婦2人で共有できてよかったよねって今でも話します。

この日はとにかく疲れてて、でもさっそく初乳をあげないといけないのでがんばって授乳しました。
産まれたばっかりなのにがんばってる娘を見て、あーなんか自分が痛いとかそーいうの以上に娘は生きようとがんばってるんだって思って。
体痛くでもしんどくても、ぜったい娘に「ママのところに産まれてよかった」って思ってもらえるようにがんばらないとなって、改めて思った瞬間でした。

産後

出産した当日の夜は、麻酔の副作用でとにかく吐き気がすごくてぜんぜん眠れなかったです。
吐き気止めをもらって、なんとか少し寝れたかな。
あとはひたすら麻酔を入れているので、体中むくみまくって大変なことになっていました。
この時の写真あんまり見たくないw
あーでもせっかくだからパンパンの足の写真とか撮っとけばよかったなw

麻酔を入れてる間はずっと胸から下の感覚がないので、起きることも歩くこともできずにずっとベッドの上でした。
電動ベッドを起こしてごはんたべるかんじ。
授乳の時間になったら、助産師さんが娘を部屋につれてきてくれていました。
麻酔効いててめんどう見れないのでしょうがないけど、かわいすぎてずっと一緒いたかったー!

麻酔を抜いたら、子宮が収縮してもとに戻る「後陣痛」と、切開した傷の痛みで、また失神しそーになってました。
なんていうか、まじで痛かった。麻酔入れられるときと同じくらい痛かった。1日半くらい痛みがピークだったので、ねれない、しんどい、痛い、の三重奏でした。
思い出すだけでゾワッとします。おえー。

痛みがひいて歩けるようになって、体重はかってくださいーって言われて驚愕。
こども産んだはずなのに、産む前より増えてましたw
ずーっと点滴と麻酔が入ってたのが原因みたい。
顔も手足も、それこそ赤ちゃんみたいにぷっくぷくにふくれてて、このむくみは取れるんだろーかって心配になったくらい。
ちなみに、大丈夫です、とれます。
3日後くらいにはだいぶ液体がぬけて、一気に4キロくらい落ちました。

退院後〜

帝王切開の場合は7日入院。誘発もしたので、10日くらい入院してたのかな。
入院するときは寒くてコートを着ていったのに、退院の時は暑くて半袖シャツでした。
病院にいる間に「母親」に変わったのとあわせるように季節も変わったような天気で、不思議だったなー。

予定日より3週間はやく産まれた、ちっこい娘を抱いて家に入ったら、なんかもう違う世界に見えました。
いままでみたいに自分たちの思った時に思ったことができる生活ではないけど、娘にとっていいママになれるようにがんばろーって思って。

産まれてから2ヶ月の生活は、とりあえずなんとかなっています。
相変わらず体痛いし、いまごろになってちょっとガタがきはじめててしんどいですが、なにより娘がまだ産まれて間もないのにめちゃくちゃいい子で母は大助かりです。
あと、自分が思っていた以上に子どもを育てるの、得意だったみたいで。
得意っていうのもなんか変だけどw
里帰りとかしてないし退院後最初の1週間だけ義理の母に手伝ってもらって以降は、昼間仕事で主人がいないので娘と2人ですが、家事はもちろん早々に仕事も始めています。
娘は順調に大きくなってて、3週間はやく産まれたことを忘れるくらい。
もう5キロ近くなってるし、最近はクーイングをはじめてよくおしゃべりしてくれます。
おむつ変えてほしいタイミングに自己申告してくれるのにはびっくりしましたw
母の出来があまりよくないと娘の出来がいいってこういうことかもなーw


とりあえず、線維筋痛症でも子ども、産めました。
毎日めちゃくちゃかわいくて、完全に親ばかをしていますw
子どもがもしも誘拐されたらとか、事故にあったらとか、病気になったらとか、考えるだけで裂かれそうな気持ちになります。

正直こわいことも不安もたっくさんあるし、毎日家事に育児に仕事に、体もしんどいです。
気持ちもしんどくなることもよくあります。
子どもなんてすぐに死んでしまうから、毎日気が張り詰めてます。
だから無責任に子どもいいよーとか言えません。

それでも、やっぱり産めてよかったなって思うし、この子のためになりふり構わずなんでもやるっていうのは子どもを産んだ責任だと思う。

そんなかんじで、娘が幸せになれるよーに、いつも笑って生活できるよーに、母はこれまで以上に死ぬ気でがんばらないとな。
育児のことも、少しずつ書いていこうと思います。
なにより将来わたしになにかあったとき、娘が「自分は愛されてたんだ」って自信をもてるように。

ではまた。